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松山千春の人生(たび)
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1977年1月25日(火)、ファースト・シングル「旅立ち/初恋」リリース。

左下には・・・
★旅立つ友へのプレゼント 
このジャケットに、友達の名前を書いてプレゼントしてください。 と・・・


(オリコン最高74位、100位以内に9週登場、売上数2.6万枚)


この、レコード発売から・・・ 12,418日(まる34年)の月日が流れます。

【デビューの2日前、千春の可能性を伝える北海道新聞の記事】より

全国で人気上昇
  足寄にフォークの松山千春あり 
                初めてレコードも     でも町を離れない

 ラジオ放送で自作のフォークソングを歌い続けている十勝管内足寄町南3区、松山千春さん(21)が、全国のヤングたちの心をとらえて人気を集めている。

 23日には教育テレビで全国放送、また25日には初めてのレコードが発売される。が、本人は「ボクはこの町を離れま せん」千春さんは20年間足寄町でタウンペーパーを発行し続けてる松山明氏の長男。今、父の取材活動を運転手として手伝うかたわらフォークソングを作詞作 曲、昨年5月からSTVラジオの「サンデー・ジャンボ・スペシャル」に毎週出演し「千春のひとり歌」(15分)で3曲づつ歌い続けている。毎週2曲が自作 の新曲なのでかなり忙しい毎日だ。ラジオ放送で次第に人気が出、23日には教育テレビの番組「若い広場」に出演。自作の「大地のうた(注:後にタイトルが 「大空と大地の中で」に変更)」と「足寄より」を披露する。いずれも明るい曲で若者同士励まし合おうといった歌。

 また25日には、キャニオンレコードから初めてのレコード「旅立ち」「初恋」が発売される。フォーク界で期待される新人としてのデビューである。
 松山さんは足寄町生まれで49年足寄高校を卒業した。高校三年生の時、土方のアルバイトをして五千円のギターを買った。ギター奏法は独習。高校時代に5 曲作曲し、卒業後の50年に全国フォーク音楽祭に十勝代表として参加した。道代表にはならなかったが、ユニークな個性が認められ、昨年5月からSTVラジ オ番組のレギュラーに。ヤングたちがあこがれるタレントへの道を着実に進んでいるのだが、松山さんは言う。「ボクは父の仕事の手伝いと自分の音楽を同じ重 さで受け止めています、それに都会の生活より自然の美しい足寄の生活環境を選びます。だからボクはこの町で歌を作り歌い続けます」。自宅2階の6畳間にぺ たりと座り、ギターを抱えて音を探し、それを畳の上に並べた五線譜の上に。
 こうして作り出されたフォークソングは100曲にもなったという。


【1977.01.22発行  北海道新聞】より
 
★| ちい様ぁ春ぅ〜見ぃつけた | 00:00 | comments(21)| - |

55歳の誕生日^^おめでとう(@゜▽゜)ノ。・:*:・゜★,。・:*:・゜☆
生まれてから20、089日v(o^^o)♪


kazu's cafe なまら千春だ部屋ぁ

は満1ちゃい^^ 2周年に突入です^^
★| ちい様ぁ春ぅ〜見ぃつけた | 00:00 | comments(20)| - |


千春の生まれたその日
 足寄駅通りをまっすぐに歩いて五分くらいの町並みの右側に野中旅館がありますが、かつてここが「とかち新聞社」であり私どもの住まいであったわけです。
 昭和30年12月16日に、千春がここでオギャーと生まれました。
 当時は産婆さんといわれる年配の助産婦さんにお願いしていたもので、この日の朝6時ころ、一番奥の部屋で休んでいた妻が産気づいたもようなので、私が自転車で三丁ほど離れている産婆さんを呼んできて、さっそくストーブでお湯をわかしました。
 そのころの石炭ストーブには湯わかしがついていましたが、それでは足りないのでストーブの上にナベやヤカンを乗せました。
 家族といっても妻と幼稚園へいっている絵里子との三人暮らしで、お産ということになると男はウロウロするばかりでサッパリ役に立たないもので、聞きつけた近所のお母さんたちが手伝いにきてくれて、午前11時に無事出産してホッとしました。
 なにしろその年の2月28日に長男の智亜紀を亡くしているので、なんともいえない気持ちでしたが、三才になったばかりで大病を患い、近くの町立病院の ベッドで身内や近所の人たちに見守られながら静かに息を引きとったその子を毛布にくるんで抱いて自宅へ歩いて帰った私は、世の中を情けなく感じたもので、 そのためにもこんどの子こそは大事に育てようと思ったのです。
 名前もあまり難しくないで単純で明るくと、当時のオリンピックで活躍したスキーヤーの猪谷千春にあやかって千春と命名したのでした。
 千春とか千秋とかいう名前は男女共用で、どちらかといえば女性が多いようですが、春を千もあつめた名前は明るく健康的だと思うし、猪谷選手のように男らしい人もいるので安心して出生届けにサインしたのでした。
 小さいときから茶目ッ気のある明るい子で、中学生になってから姉の絵里子のすすめでバスケット部に入ってからメキメキ健康になり身長も伸びました。
 まさか歌手になるとは思ってもいなかったのですが名は体をあらわすというのか、客席から舞台に向かって「チハル、チハル」の掛け声は呼び易いでしょうが、50才も60才にもなって「チハル、チハル」はどんなものでしょうか。(現在の野中旅館は全部建て替えたものです)

【とかち新聞・第907号見出し】
・政界を明るくするために
・私は千春のプロモーター?
・アルバム最優秀賞に入る
・「さすらいの青春」文庫本に
・千春の生まれたその日
・「ステージ」の成功
・舞台からバラをありがとう

【とかち新聞 昭和58年2月25日発行・第907号 主筆:松山 明】より引用
★| ちい様ぁ春ぅ〜見ぃつけた | 21:27 | comments(4)| - |
松山千春コンサート

 昨夜は久しぶりに市原市で開催された松山千春さんのコンサートにお伺いしてきた。毎年、東京と札幌のコンサートには日程を調整して伺うよ うにしているがそれ以外では初めてだ。鈴木宗男先生のご家族に連れて行っていただいた。今回は秋のツアー初日ということで会場も満員で盛り上がっていた。

一発屋という言葉がある。歌手や芸能人で一曲だけ売れたり一つの芸だけがヒットしたりした芸能人をさしていう言葉だ。政治家も同じで1回だけは風で 当選することはあるかもしれない。郵政選挙で当選した小泉チルドレンにはその類のも少なからずいたであろう。そう考えると1977年以来、ずっと第一線で 活躍している松山千春さんの実力はすごい。33年間コンサート会場を常に満員に出来るアーティストはそういない。ちなみに私は足寄郡足寄町生まれであり小 学校、中学校は松山千春さんの後輩である。会場には私が子供のころお菓子を買いに行っていた足寄の吉川商店の息子さんも来られていて「ともひろ」と声をか けられる。足寄町の誇りである松山千春さんのコンサートには足寄や十勝地方出身の方も少なからず来ているのだろう。

コンサートの終わり近くに鈴木宗男先生と一緒に壇上に呼ばれて紹介を受けた。会場からも鈴木先生と私に頑張れと激励の声が飛ぶ。

松山千春さんの配慮に感謝しつつ会場を後にした。

松山千春さんのコンサートツアーには必ず副題がついている。今回の題は「慕う」である。鈴木先生と松山千春さんの友情は大変固いきずなで結ばれてい る。ムネオハウス事件のときのメディア攻撃を見ていたら距離をおいてもおかしくないのに鈴木先生とずっと行動を共にしてきている。なかなか出来ないことで ある。「慕う」の副題にはそんな思いも込められているのかもしれない。

★| ちい様ぁ春ぅ〜見ぃつけた | 10:40 | comments(0)| - |
1995年11月07日 Tuesday・・・
最愛のお父様がお亡くなりになられた日です。

追悼の意を込めて・・・4日後に行われた名古屋市民会館(第1219回公演)「俺の人生 ’95」のMCを紹介した記事のリンクを貼ります・・・

ブログの更新をさぼるな!とお叱りを多数いただいております。
ツアー期間中は善意でコンサートの模様を曲名を含めたコメントをいただきます。
しかし一方で それが「ねたばれ」との批判も多数いただいてます。
千春以外のことは書くな!とか・・・ ま いろいろご指摘もあるわけで その狭間で・・・少しテンションがさがってます・・・^^;
更新がすすまなくて申し訳ありません。

昨日の宮崎のこと、年末のディナーショーのこと・・・書きたいことはたくさんあるんですが・・・
気持ちがのれば^^更新します^^
★| ちい様ぁ春ぅ〜見ぃつけた | 10:36 | comments(18)| - |
 姉 松山絵里子さんの命日  十三回忌

「この世で君が一番好き」(1998.05.09リリース)の本人解説は >こちら


この世で君が一番好き/大空と大地の中で

■オリジナル・シングル
発売元:日本コロムビア株式会社
番 号:CODA-1521
価 格:1,050円

(オリコン最高86位、100位以内に1週登場、売上数0.3万枚)

歌詞=この世で君が一番好き 編曲:萩田光雄


この世で君が一番好き この世で君が一番好き 
ただ何となく この気持ちを今 伝えたくて
 
こんなに生きていたいなんて こんなに生きていたいなんて 
ただ漠然と 心が叫ぶ そう何度となく 

全てが愛しい 空も海も山も川も 
何より君への愛 永遠の生命を与え 

この世で君が一番好き この世で君が一番好き 
ただ何となく この気持ちを今 伝えたくて 

全てが愛しい 昨日今日も まだ見ぬ日も 
何より君への愛 永遠の生命を与え 

この世で君が一番好き この世で君が一番好き 
ただ何となく この気持ちを今 伝えたくて 

こんなに生きていたいなんて こんなに生きていたいなんて 
ただ漠然と 心が叫ぶ そう何度となく
(JASRAC許諾 第J050311976号)
★| ちい様ぁ春ぅ〜見ぃつけた | 00:00 | comments(1)| - |
 8月27日は 故竹田健二さんの命日 「あれから」32年の月日が流れます。
あらためてご冥福をお祈りいたします。
 竹田さん直筆のコンサート台本


※今年は三十三回忌の節目になります。

 三十三回忌とは亡くなってから満32年に行う法要です。

 現在では三十三回忌(まれに五十回忌)をもって弔い上げ(年忌法要を終了すること)となります。
これは33年または50年をもって死者は個性を失い、祖先になるとされてきたからです。弔い上げでは、仏壇から戒名を記した位牌を片づけ、以後は「○○家先祖の霊」の位牌を祀ります。

 三十三回忌をもって年忌法要を終了する場合は、お寺に永代供養を依頼することがあります。
永代供養とは遺族や親族が行う法要を、毎年のお盆やお彼岸、命日などにお寺が永久に供養のおつとめしてくれることです。
施主が亡くなって子孫が途絶えたり、故郷を離れて暮らしてなかなかお墓参りができないといった理由で永代供養を依頼するケースが多いようです。

 永代供養をしてもらうにあたっては、永代供養料(お布施という形になります)を納めて、お寺にお願いします。永代供養料はお寺によって異なります。

 昔から、節目節目に多くの法要を行ってきたことからも分かるように、日本人は死者に対する弔いを厚く、そして先祖に対する供養を欠かさず行ってきました。これは、遺された者たちは、先祖を弔い敬うことで、自分が今生きていることに感謝し、そして次の世代に伝えていくという心をはぐくむ場として大切にしてきたからでしょう。
★| ちい様ぁ春ぅ〜見ぃつけた | 06:06 | comments(8)| - |

中森明菜 Part2

中森明菜 Part2
 

2週にわたってお送りする「SONGS 中森明菜・歌姫スペシャル」の第2夜。
15年前に発表したカバー・アルバム『歌姫』以来、名曲のカバーに取り組んできた明菜さん。今年は6月から3ヶ月連続でアルバムのリリースが予定されてます。
今回も、第1夜に引き続き、レコーディングの模様、そしてアルバム『フォーク・ソング』シリーズに収録された楽曲を中心に、16歳でデビューから27年間の歩み、そして“今”を描いてゆきます。

曲目
  • 異邦人(オリジナル・久保田早紀)

  • なごり雪(オリジナル・伊勢正三・イルカ)

  • 恋の予感(オリジナル・安全地帯)

  • 恋(オリジナル・松山千春)

(NHK)サイトより
★| ちい様ぁ春ぅ〜見ぃつけた | 23:00 | comments(7)| - |


出版社名      デアゴスティーニ・ジャパン
雑誌コード:21031
発行間隔     隔週刊
発売日     2009年08月04日発売
サイズ     A4ワイド判

【第92号】 
◆あの歌を唄う
  ワインレッドの心/安全地帯
  ♪もっと勝手に恋したり
  夏女ソニア/もんたよしのりwith大橋純子
    ♪季節という名の絵の具を使って
   愛情物語/原田知世
    ♪はじめて合うのに 想い出のような人
   ALONE/鈴木康博
    ♪Leave me alone すこしだけ
   水色のワンピース/泰葉
    ♪あなたが私に選んだ 水色のワンピース
   群青/谷村新司
    ♪空を染めてゆく この雪が静かに
◆あの頃のぼくらは
 ・1980年:イラン・イラク戦争の勃発と、プロゴルファー青木?功の大活躍。
 ・時代の表現者:鈴木康博  
 
◆アルバム・レビュー  
 『熱風』/チャゲ & 飛鳥
 『NO SIDE』/松任谷由実
 『浪漫』/松山千春
 『246:3AM』/稲垣潤一
 『愛がなくちゃね。』/矢野顕子
 『Miss M』/竹内まりや
 『中国 后醍醐』/ゴダイゴ
 『宇宙防衛軍』/遠藤賢司
★| ちい様ぁ春ぅ〜見ぃつけた | 00:00 | comments(0)| - |

出版社名      デアゴスティーニ・ジャパン
雑誌コード:21034
発行間隔     隔週刊
発売日     2009年05月26日発売
サイズ     A4ワイド判
価格     990円(税込

【第87号】 
*1980年代
◆あの歌を唄う
 約束/渡辺 徹
  ♪ちいさな夢を 唇に
 フレンズ/レベッカ
  ♪口づけを かわした日は
 摩天楼ブルース/東京JAP
  ♪お前の腰のラインみたいに
 バカンスはいつも雨
  ♪バカンスはいつも雨
 アンジェリーナ/佐野元春
  ♪シャンデリアの街で眠れずに
 シャイニン・オン 君が哀しい/LOOK
  ♪シャイニン・オン 星も見えない夜に
◆あの頃のぼくらは
 ・1980年:80年代のトップアイドル 松田聖子のデビューと、“たのきん”トリオの人気沸騰。
 ・時代の表現者:赤坂泰彦(東京JAP)  
 
◆アルバム・レビュー  
『水の中のASIAへ』/松任谷由実
『空色帽子の日』/ゼルダ
『ヴェネツィア』/加藤和彦
『印象派』/さだまさし
『時代をこえて』/松山千春
『よい』/爆風スランプ
『KATHMANDU』/ゴダイゴ
『バッド・チューニング』/沢田研二

★| ちい様ぁ春ぅ〜見ぃつけた | 00:00 | comments(0)| - |
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